长文
近年、大学教育において「質問する力」が重視されるようになった。従来の日本の教育は、教師の問いに正確に答える能力を重視してきた。しかし、知識がインターネットで瞬時に得られる時代、答える力だけでは不十分だ。
では、なぜ日本の学生は質問が苦手なのか。ある研究者は、教室の空気を指摘する。「変なことを聞いたら笑われるのではないか」という不安が、質問を抑制するというのだ。実際、海外の大学に留学した日本の学生の多くが、最初の数ヶ月は質問できずに苦労する。
ただし、筆者は、質問できない理由を文化だけに求めるのは早計だと考える。質問するには、内容をどの程度理解したかを自分で把握する力――つまり「わかっていないことが、わかる力」が必要だからだ。この力は訓練によって伸ばすことができる。実際、ある大学では、授業の最後に「今日わからなかったこと」を一文書く練習を続けた結果、学生の質問数が倍増したという。
質問する力は、社会に出てからも求められる。会議で建設的な質問ができる人材は、問題の本質を見抜く人材として評価される。教育の目標を「正しく答える」から「良い問いを立てる」へと転換することが、これからの時代には必要なのではないだろうか。